canosa story Vol. 17 美しい木目。美味しいお弁当。「大館曲げわっぱ」

canosa story Vol. 17
今回は秋田杉で作られる伝統工芸品、曲げわっぱについてのお話です。(吉良のレポート)


秋田の代表的な民謡「秋田音頭」でも「秋田名物」と謳われた大館曲げわっぱ。日本を代表する工芸品の一つです。学生時代に大館出身の後輩がいましたが、飲むとその民謡をよく謳ってくれました。

「大館曲げわっぱ」は、高級木材として知られる秋田杉を使った秋田の伝統工芸品です。杉を柾目(まさめ)割りして薄く剥ぎ、熱湯に漬けて柔らかくし、型に巻き付けるように楕円や丸に成型します。乾燥後は山桜の樹皮で綴じて底板を寸分の狂いなくはめます。釘や金具など金属類は一切使いません。(工程詳細は後述)

歴史的な起源は奈良時代まで遡るとも言われています。遺跡から曲げわっぱの原型となったといわれている器が発見されており、大館市でも平安時代の遺跡から曲げわっぱが発掘されています。もともとは杣人(そまびと=木こり)が山中への食料を携帯するために使っていたようですが、17世紀に入り、経済的に貧窮する大館の城主の佐竹氏が武士の副業としてわっぱ作りを奨励して以来、地域の産業として発展してきました。

天然の秋田杉は、青森ヒバ、木曽ヒノキと並ぶ日本三大美林のひとつ。日本三大美林とは、全国の森林の中でも特に美しいとされる天然林ですが、2013年、自然保護のため天然秋田杉の伐採が禁止されたため、現在流通している大館曲げわっぱの多くは植林した秋田杉を使用しています。

曲げわっぱは地域により呼称は異なりますが、日本各地で作られています。青森県南津軽郡藤崎町のひば曲物、静岡県静岡市の井川メンパ、長野県塩尻市奈良井宿の木曽ヒノキを使用したメンパ、三重県尾鷲市の尾鷲ヒノキを使用した尾鷲わっぱ、山形県の大平面桶、福島県の檜枝岐ワッパ、栃木県の日光曲物、群馬県の入山メンパ、奈良県の洞川柄杓、吉野三方、徳島県の拝宮ネッパ、福岡県の杉の博多曲物、宮崎県諸塚村のめんぱなどの様々な産地がありますが、伝統的工芸品に指定されているのは「大館曲げわっぱ」のみです。

今回は秋田県大館市の「大館工芸社」にお邪魔して製造現場を案内して頂きました。今の時代では良い木材の入手難や、後継者不足で廃業や規模縮小を余儀なくされているところが多い中で、大館工芸社は職人さんを30人以上抱える珍しい生産者さんです。現場は若い職人さんも多く、活気に満ちていました。


【曲げわっぱの製造工程】

①製材
大館工芸社で曲げわっぱを作る一番初めの工程は、仕入れた板材を割る「製材」です。製材をしなければ曲げわっぱを作り始めることができません。
以前は、天然秋田杉の丸太を仕入れて製材をしていたようですが、前述の通り平成25年度以降天然秋田杉の伐採が禁止されて以来、市場への供給が途絶えたため、今は板材を仕入れて製材をしているとのことです。
商品の側や蓋など、それぞれ必要となる材料の厚さが違うため「2分(約6mm)」、「2分3厘(約8mm)」、「3分5厘(約11mm)」、「5分(約15mm)」の4つの厚さに割っています。製材をした後は、厚さを調整することができる機械で、さらに薄くしていきます。

②木取加工(部材取り)
➀の製材で4つの厚さに切り分けた材料を丸鋸で所定の長さや幅に揃える「木取加工」を行います。

③はぎ取り
所定のサイズになった板をベルトサンダーという楕円形につながっている機械を使用して、手作業で板の両端を薄く斜めに削る「はぎ取り」をします。はぎ取りをすることで、曲げた時にきれいな接ぎ目にする事ができます。

④曲げ加工
いよいよ曲げわっぱの特徴ともいえる「曲げ加工」をしていきます。曲げわっぱ作りにおいて非常に重要で、熟練の技が求められます。板を曲げるために、はぎ取りした板を95度以上の熱湯に1時間以上浸します。次に、熱湯から取り出し、熱いうち(95度前後)に専用の型に合わせて素早く素手で曲げます。この一瞬ですべてが決まるため、技と経験に基づく絶妙な力加減が必要となります。曲げた輪は、形が崩れないように木バサミでしっかり固定し、一日かけて乾燥させます。人工杉の多くは天然秋田杉に比べて硬く、曲げると折れやすいといいます。曲げることが可能な適材の割合は7%程度と非常に低いため、適材木選別調査が円滑に行われるように研究が進められているようです。

⑤接着
乾燥がしっかりできたら、固定していた木バサミを外し、曲げた材料を「接着」します。

⑥桜皮綴じ
乾燥後は、山桜の皮で縫い止めをする「桜皮綴じ(カバとじ)」をしていきます。接着をしたところに刃物で隙間を開け、そこに桜皮を通していきます。昔は曲げた輪を固定する役割でしたが、今は装飾の意味合いが強いです。商品によって縫い方も様々あり、例えば、小判弁当は大・中・小とサイズが3種類ありますが、それぞれ縫い方が違います。

⑦蓋、底入れ
カバ縫いが終わったら、蓋板または底板をわずかな隙間もないように曲げた輪にピタリとはめ込み、接着をして乾かします。

⑧面取り
蓋、底入れ後は曲げわっぱの角を取る「面取り」を手作業で行います。面取りをすることにより、角が立たず、手触りが良くなります。お弁当箱などは次に塗装作業がありますが、「おひつ」など無塗装の白木製品は面取り後に検品をおこない完成となります。木肌の風合いを活かした無塗装の白木製品は、使う毎にふんわりと杉の香りが漂います。

⑨塗装
面取り後は、ウレタン塗装を施します。そのことにより「強度が増す」、「変形しにくい」、「お手入れがしやすくなる」というメリットがあります。ウレタンは油や汚れに強いという特性を持っており、油分のあるおかず等でもシミになりにくく、ご使用後はスポンジに家庭用洗剤をつけて、サッと洗う事ができます。デメリットとしては、ウレタン塗装をすることで杉の特徴である調湿効果が無塗装に比較すると減ってしまうのは事実です。しかし、塗装をしても調湿効果が完全に失われるわけではなく、むしろ調湿効果を保ちつつ、お手入れのしやすさから長く使うことができます。手入れが面倒だと、結局使わなくなってしまうのでは意味がありません。「使いやすさ」は現代の生活で特に重要なポイントだと思います。大館工芸社では「下塗り塗装、乾燥、研磨、仕上げ塗装、研磨、乾燥」という順番で塗装を行っています。なぜ2回塗装をしているかというと、「1回塗りよりも強度が強くなり、耐久性が向上する」「塗りムラを無くし、均一で美しい仕上がりにする」ためです。また、下塗り塗装をすると、塗膜の表面に凹凸ができザラザラになるので、紙やすりを使い、手作業で全体を磨き、表面をなめらかにしています。磨き作業は力加減が難しく、磨きすぎると塗膜が剥がれてしまい、軽く磨いただけだとザラザラのままになります。塗膜が剥がれないように且つ、表面がなめらかになるように磨かなければならないので、繊細で丁寧な熟練の技が必要となります。

⑩検品
品質を維持するために1つ1つキズや欠けがないか熟練の社員による目視と指先による細かい「検品」が入ります。

⑪梱包
最後は検品が終わった蓋と本体の色合いをみて、同じ色合い同士で組み合わせ、薄紙で包んで、箱入れをして完成となります。

他の伝統工芸品と同様、このように多くの工程と熟練の技が必要なのです。


まっすぐの木目が美しく、ほのかな杉の香りがご飯のおいしさを引き立たせる曲げわっぱ。余分な水分を吸収し、杉が持つ殺菌効果でご飯が傷みにくく、軽量で持ち運びがしやすいといった実用品としての利点があります。最近ではその機能性が見直されて愛用する人が増えています。一方で原材料が天然木のため、湿気に弱く傷みやすいといった欠点もあります。本来は無塗装の白木で使われていましたが、現在は耐久性を向上させるために漆やウレタンを塗ってある製品が主流となっています。(用途の限られるお櫃などはウレタン加工を施しません) 内側をウレタン加工していることに抵抗を示す方もいらっしゃいますが、ウレタン加工がないと洗剤で洗うことも出来ないために揚げ物や炒め物を入れることが出来ません。しかし特殊な技術を用いることで、ウレタン加工を施しても通気性が妨げられないようになっているため本来の機能が失われることがありません。手軽に使うための現代生活に必要な技術と言えるでしょう。

入学祝いやお子様のお弁当用に購入される方も増えています。曲げわっぱのお弁当はそれだけで美味しそうに見えます。小学校から高校までの12年間。お子様の成長と共に曲げわっぱが「育ってゆく」のを見守ることも楽しいのではないでしょうか。