canosa story Vol. 30 洞爺湖に根ざす陶芸家
火山と湖が織りなす美しい風景を見せる洞爺湖周辺には木工やガラス、陶芸の工房が点在し、自然と同化したかのような多彩な作品が生まれています。その芸術文化の拠点となっているのが「洞爺湖芸術館」です。伝統工芸から現代アートまで幅広く紹介する場として重要な役割を担っています。
canosaが芸術館を訪れたとき、陶芸家・道川省三氏の個展「火山と湖のあいだで」が開催されていました。活火山の荒々しさと湖の静謐をテーマにした作品群は、洞爺湖周辺の活火山そのものを表すようで、強い印象を受けました。幸運にも偶然在廊されていた道川氏から直接お話を伺うことができ、作品の背景にある土地との深い結びつきを感じ取ることができました。
実はこの個展を教えてくれたのが、直前にお会いしていた洞爺湖町出身で現在伊達市に工房を構える陶芸家・沼田佳奈子さんでした。沼田さんは、幼い頃に父が年賀状のために彫っていた消しゴムはんこから「ゼロから形を生み出す喜び」を原点に、今も形を捻りだし模様を一つひとつ手彫りする姿勢に繋がっています。
彼女の作品は、棚や窓辺に置くだけで空間の雰囲気を変えてしまう凛とした静かな力を持ちつつも、日々の暮らしに自然に溶け込みます。白土の柔らかな手びねりの器は、よく手に馴染み、使う人の生活に寄り添う温もりがあります。オブジェにおいても、どこか静謐でありながら、見る人の目を引き、空間に物語を生み出します。紋様や釉薬の一つ一つに、沼田さんが感じた季節の移ろいや風の気配、湖面の揺らぎが込められており、触れる人の五感に静かに響くのです。
沼田さんの創作を特徴づけているのは、故郷の自然と旅で得た体験が交錯する繊細な感性です。イスラム圏を旅した際に出会った色彩豊かな市場や乾いた大地の記憶は、陶を通した表現に奥行きを与え、黄瀬戸や窯変釉の豊かな表情として作品に宿っています。そして象徴的なのが、長年大切に継ぎ足して作り出してきた沼田さん独自の深い青の釉薬です。その青は洞爺湖の湖面を思わせ、光や角度によって表情を変えるため、ひとつとして同じものがありません。釉薬の濃淡やムラ、焼き上がりの微妙な色の揺らぎには、沼田さん自身の時間と手仕事の痕跡が刻まれており、作品は持つ人に静かに語りかける存在となっています。
彼女の作品は、日常に寄り添う器から静かなオブジェまで幅広く、使う人が「理由は分からないけれど心惹かれる」と口にするような直感的な魅力があります。作品に残された余白に、持つ人自身の想いや記憶を重ね合わせることで、初めて無二の作品が完成するのです。
実際にcanosaにディスプレイされている沼田さんの作品の前で、何かに打たれたように立ち止まる人が多くいます。そしてリピーターがとても多いのも彼女の作品の特徴です。
伊達市にあるギャラリー「青と羊」は、制作の拠点でもあり、その空間には多くの作品が静かに美しく並び、沼田さんの世界観に改めて圧倒されました。作品の印象から気高く気難しい方では、と想像していたのですが、実際は北海道の空気のように透明感に溢れ、北海道の大地のようにおおらかで柔らかい笑顔が素敵な女性でした。
そこで初めて作品の静寂さと温もりは、北海道の空気と彼女の持つ温もりから来ているのだと知るのです。
道川氏から聞いたのは、洞爺湖で作陶する際、沼田さんの工房でロクロを借りていたというお話でした。芸術館で作品を観る体験と、沼田さんを通じて聞いたご縁が重なり、洞爺湖の工芸を支える人と人とのつながりの豊かさを強く実感しました。遠く離れた沖縄から訪れた私にとって、洞爺湖は一気に身近な存在となったのです。
沖縄のcanosaでも、沼田さんの作品は多くの人の目を惹き、人気を集めています。北の大地と南の海を静かに結ぶ、青の架け橋のような存在。それが、彼女の作品なのです。
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