canosa story Vol. 39 自然の試練を越えて ― 鳥越のすず竹細工
岩手県二戸郡一戸町、鳥越地区。
北上山地の最北部に位置し、冬は厳しい寒さに包まれる静かな里山に、「鳥越竹細工」の郷があります。
この地で作られてきたのは、山中にひっそりと自生するスズタケ(鈴竹)を使った、暮らしの道具です。
その歴史は古く、平安の昔、鳥越観音を開山した慈覚大師がこの地に竹細工の技法を伝えたのが始まりと語り継がれています。
寒冷で平地が少なくコメの収穫が限られたこの土地で、農家の人々が冬の農閑期を生き抜くための大切な手仕事として、一編み一編み、ザルやカゴなどの生活道具が作り続けられてきました。
鳥越竹細工の最大の魅力は、スズタケという素材の美しさと、それを最大限に活かす卓越した仕事にあります。
スズタケは、一般的な竹(孟宗竹や真竹)とは異なり、笹類に分類される細くしなやかな植物です。寒冷地ならではの厳しい気候の中で育つため、皮が厚く、油分を豊富に含み、水に強く、しなやかという特性を持ちます。
職人たちは、このスズタケの艶やかな表皮を剥がさず、そのまま活かしながら包丁で細く割り、滑らかなヒゴに整えていきます。手仕事から生み出されたヒゴを時間をかけて密に編み込んだザルやカゴは、極めて実用的で頑丈。水切れが良く、長く使うことができます。
使い込むほどに表面の青みが抜け、年月とともに深い黄金色へ。そしてやがて、美しい飴色へと変化していきます。
その素朴な美しさと確かな使い心地は、全国の道具好きや、暮らしの道具を大切にする人々から、長年にわたり親しまれてきました。
しかし今、この伝統の手仕事は、大きな転換期を迎えています。
数年前、全国各地で「120年に一度」といわれるスズタケの一斉開花と、それに伴う枯死が起こりました。その影響は鳥越の山々にも及び、かつてのように、身近な山で良質なスズタケを刈り取ることが極めて難しくなっているのです。
スズタケは一度開花して枯死すると、地下茎が再生し、再び材料として使える太さに育つまでに15〜20年もの年月がかかるといわれています。そのため現在では、職人たちが県内外の遠方の山へ足を運び、自生している場所を探し出しては、許可を得て竹を採取しています。
限られた貴重な材料を慈しむように使いながら、これまで受け継いできた技術と文化を、どう未来へつないでいくのか。
鳥越竹細工は今、自然が突きつけた大きな問いと向き合っています。
夏の強い日差しの中、地域の拠点である「鳥越もみじ交遊舎」を訪ねると、そこには穏やかで静かな里山の時間が流れていました。
施設内では、10名ほどの女性たちが、黙々と、けれど楽しそうに手元を動かしていました。一人ひとりが手に取った貴重なスズタケのヒゴを、熟練の指先で隙間なく、丁寧に編み上げていく。材料が限られている現在、県外からの新しい生徒の募集は控えているとのこと。
それでも、限られた素材を互いに分け合いながら、先人の技を学び、手仕事の灯を絶やさぬよう支え合う姿がありました。
静けさに包まれた空間には、鳥越の竹細工を守り抜きたいという、静かな情熱と誇りが確かに息づいていました。
近くの鳥越観音へ向かう道には、「熊出没注意」の大きな看板が立っていました。
人の暮らしと荒々しい野生の自然が、今も目と鼻の先で隣り合っている風土。
厳しい冬の寒さと険しい自然の中で育ったスズタケだからこそ。
そして、その自然の厳しさと向き合いながら、作り手たちが生み出してきたからこそ。
鳥越の竹細工には、道具としての確かな強さと、手仕事ならではのぬくもりが宿るのでしょう。
自然の変化によって、当たり前だった素材が手に入りにくくなっても、作り手たちは歩みを止めません。
山を歩き、竹を探し、一歩、一編み。
自然からの恵みを余すことなく活かしながら、次の世代へと手仕事のバトンをつないでく。
鳥越のすず竹細工。
何気なく手に取る一枚のザル、一つのカゴ。
その美しく揃った網目の向こうには、鳥越の厳しい自然と、手仕事とともに生きてきた人々の時間が凝縮されています。
自然の試練を越えながら守り継がれる、この本物の手仕事の価値を、私たちも大切に伝えていきたいと思います。
